Watkins Glen 1967

F1もヘレスで合同テストが行われていますね。早くも来シーズンに向けてのテスト、トヨタは日本の若手ドライバーを積極的に登用しています。日本人のF1ドライバーが多数参戦することは、日本でのF1人気が盛り上がりますので大歓迎ですね。さて今回は歴史を遡って1967年のUS-GPについてです。
この年は開幕前の下馬評では、J.クラークが1963,65年シーズンのように圧勝してチャンピオンを獲得するのではないかと言われていました。しかし、D.ハルムがチャンピオンとなり、クラークはランキング3位で終わりました。いろいろ敗因はありますが、やはりロータス49の信頼性が低かったことが原因ではなかったかと思います。
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このUS-GP、結果的にはJ.クラークが優勝するのですが、ラスト数周はリタイア間違いなしというマシン状況でした。リアサスにトラブルをかかえて、ゴールしたときはリアタイアが傾いた状況でした。ゴールシーンの写真はいろいろな雑誌に掲載されていましたのでご覧になった方も多いと思います。
このころの、F1レースの車番はレース毎に異なっており、US-GPでのJ.クラークは5番でした。この年、J。クラークは4勝(オランダ、イギリス、US、メキシコ)するのですが、全て車番は5、それ以外のときは優勝していません。面白い偶然だと当時から思っていました。まだF1にスポンサーが導入される前のナショナルカラーのF1マシンが走っていた時代でした。

写真は http://f1-facts.com/ から

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